
長万部の次は、洞爺湖を過ぎ、室蘭の一歩手前にある「伊達紋別」で下車。

「伊達紋別」とは正式な自治体名ではなく、自治体名は「伊達市」。
仙台藩一門の亘理伊達氏第14代領主だった、伊達邦成という人物が、明治3年(1870年)から数回に亘って家臣等を率いて北海道に移住し、現在のこの地に当たる、胆振国有珠郡を開拓したことがルーツとなっている。
因みに、写真の兜の土台に書かれている「北の湘南」というキャッチフレーズは、積雪寒冷の北海道にあって、冬期間も温暖な気候が保たれ、雪も少なくて過ごしやすいことからそのように呼ばれている。
実際、この周辺や、室蘭、苫小牧などのエリアは、冬になっても「ここ本当に北海道なのか?」と思ってしまうくらい、雪の少ない地域なのです。

伊達市の由来は上記のとおりとして、駅名にある「紋別」について、オホーツク海に面した、流氷で知られる紋別市とはどう違うのかと言うのが気になる所だけど、これは、明治33年(1900年)に、この地が、1級町村制の施行により、「伊達村」という名前になった際、東紋鼈(もんべつ)村、西紋鼈村、長流(おさる)村、有珠村、稀府(まれっぷ)村、黄金蘂(おこんしべ)村という五つの村が合併していたという経緯から、「紋鼈」を駅名に採用して、「伊達紋別」としたとのこと。
因みに、オホーツク海側の紋別市の方は、アイヌ語の「モベッ」(静かである川)が由来とされている。

ここでも滞在時間はそれほど長くないので、早速駅の外へ出てみると、メインストリートにこのようなフラッグが。



歩道にはこのような模様も描かれていて、見ているだけで楽しく弾んでしまいそうな気分になります。

さらに歩いていくと、このような時計塔を発見。
これは一体・・・?


これは珍しい、漢数字と十二支で時刻を表示する時計塔でした。

そうか、私の干支は、時刻で言うと2時頃なんですね。
そんな時間帯は毎日グッスリ寝てますけどね。

なかなか趣のあるポストを発見。
この時以来、旅先で面白い形のポストに注目するようになったのだけど、これは、ありそうでない、なかなか貴重な形の物だなと思います。

最後に紹介するのはこの看板。
この頃を思い出して、近くに立って少しばかり待ってみたけれど、残念ながらリスは現れてくれませんでした。